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緊急事態宣言に罰則を設けるべきか

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[緊急事態宣言に罰則を設けるべきか]2020.6.1

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 このコラムを執筆している時点においては、緊急事態宣言が5月末まで延長されたところですので、新型コロナウイルス蔓延問題がどのように収束するかまだ予断を許さない状況ですが、新型コロナウイルスが終息したとしても、今後、同じウイルスがまた復活してくる可能性もありますし、何よりも、新たな感染症が蔓延することは当然想定されるものです。今回の緊急事態宣言における罰則を伴わない自粛要請が功を奏したかどうかはまだ結論づけられないところですが、今後同様の感染症が蔓延した場合の自粛要請において罰則を設けるべきかどうかを考えてみたいと思います。

 まず、自粛要請により、規制する側において得られる利益というのは、言うまでもなく国民の生命・身体の安全という公共的利益です。新型コロナウイルスの例ですと、人と人との接触を極小化して感染ルートを断つために店舗などの営業を制限し、また人の行動自体も制限することにより得られる利益ということになりましょう。国民の生命・身体の安全というのは、憲法上では、憲法13条前段の「すべて国民は、個人として尊重される。」に由来するものといえましょう。一方、自粛要請において制限される場合はどうでしょうか。個人が行動制限されることについては憲法22条1項の居住移転の自由を制限するものといえましょう。また、企業などが営業活動を制限されるのも憲法22条1項に定める職業選択の自由を制限するものといえます。

 そこで、自粛要請に違反する行為を法で処罰することが許されるかについては、上述した国民の生命・身体の安全という公共的利益と、居住移転の自由もしくは職業選択の自由とを比較して、どちらの利益を優先させるかという衡量の問題となるわけです。具体的にはまず、個人の居住移転の自由の制限ですが、この場合、個人が自由に活動できるという民主主義社会において一番保障しなければならない自由を制限するものですから、その制限というのは必要最小限ということになりましょう。それでは具体的に想定されるケース毎に考えてみます。まず、PCR検査によって自分が陽性であることを認識した上で、高速バスに乗って故郷に帰ったり、フィリピンパブに飲みに行ったりする行為については、明らかに他者である国民の生命身体の安全に対する強度の危険が生じるものであり、罰則を設けて、そのような行為を禁止することは、個人の居住移転の自由への最小限の制限ということが言えるのではないでしょうか。必要によっては、懲役刑まで設けることも考えられると思います。では、陽性であることが判明したので、政府・自治体から自宅での療養ではなく、ホテルでの療養を求めることにつき、従わない場合には罰するというのはどうでしょうか。こちらについては、自宅での療養により、他者の生命・身体の安全に対する脅威というのは、家族に限定されることになりましょうから、高速バスやフィリピンパブのケースと比すると制限の度合いは低くてしかるべきと思われます。せいぜい罰金を課するということでの罰則が最小限といえるのではないでしょうか。

 それでは、自分が陽性であることを認識せずに行動した場合はどうでしょうか。某男性俳優が行動自粛にも拘らず沖縄に飛行機で飛び、現地でゴルフなどした後に、陽性であることが判明したというケースですが、確かに、某氏の行動は軽率であったということは否めません。自覚症状が出た段階で、自ら行動制限をすべきであり、PCR検査も受けるべきであったと思いますが、あくまでも後に陽性が判明したという結果論ですから、行動したこと自体を罰則でもって処罰すべきかというと、これは個人の居住移転の自由に対する最小限の制限を超えるものではないでしょうか。それでは、自粛要請がなされているにもかかわらず、多摩川の河川敷で50人も集めてBBQパーティーを行うということはどうでしょうか。いくらBBQを行うことが個人の自由とはいえ、50人もの多数を集結させてBBQをおこなうことは、その中の一人でも感染者がいれば、相当なクラスターを作ってしまうことになりかねません。大阪のライブハウスが良い例です。従いまして、この場合は、国民の生命身体の安全の利益の方が上回るのではないかと思います。そこで、罰則を設けるとしても、○人以上を集結させる行為(私の感覚ですが、5人以上とか)については、罰則を設けるということで最小限の制限といえないでしょうか。せいぜい、罰金かとは思いますが。

 一方、企業の営業の自由に対する制約としての罰則についてはどうでしょうか。この職業選択の自由に由来する人権については、居住移転の自由と同じ憲法22条1項において規定されてはいるのですが、個人の行動の自由に対する制約とは多少温度差があると考えます。もちろん人・企業によっては営業することこそが自分にとっての重要な人権という人もいるかもしれませんが、経済活動に対する制約というのは、個人の活動の自由と比して、規制する側の広範な裁量が認められてしかるべきと考えます。お金の問題であれば、後でいくらでも取り戻すことが可能な問題だというのは言い過ぎでしょうか。そこで、具体的ケースで見ると、営業自粛を求められたパチンコ店が自治体からの自粛要請を無視し、かつ閉店指示をも無視して営業を続けることに対して、罰則を設けるというのはどう考えられますか。パチンコ店のようないわゆる三密の場所については、国民の生命身体の安全に対する脅威はやはり存在するものといえましょう。また、感染者が発生すれば、相当規模のクラスターが発生することも容易に想定されます。従い、罰則をもって営業を禁止するということも容認されるのではないかと考えます。そこで、営業の自由を奪われるパチンコ店の収益を補償しなければならないのかということが問題となりますが、例えば、東京都であれば自粛要請に応じた店舗については補償金が支払われるということで一定の補償があるわけですから、自粛要請に応じない店舗に対してさらに補償金を支払うということは、パチンコ店として受忍すべき限度を超えるものであり、それ以上の補償金の支払も不要と考える次第です。

 以上、各ケースごとに分析してみましたが、国としては、今回の新型コロナウイルスには間に合わなくても今後のためにも、緊急事態宣言に罰則を設けるかどうかは国会で議論して法制化しておくべきと考えます。気を付けなくてはいけないのは、自粛要請に応じない人たちに業を煮やして安倍首相あたりが、「それでは、憲法に緊急事態条項を創設して、政府が緊急時には自由に人権を制限できるようにしよう。」と言い出していることです。緊急事態宣言と似ていますが、(憲法の)緊急事態条項というのは、明治憲法下で言えば戒厳令です。戒厳令下においては、一時的であっても政府の一存で憲法の施行を停止させるものですから、強力な毒薬となりうるものであり、安易に導入を考えるものではなく、やはり、平時において想定されることはできる限り法制化しておくべきものだと考えます。
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