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ドラマ「白い巨塔」を観て

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[ドラマ「白い巨塔」を観て]2019.7.1

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 最近、山崎豊子原作の「白い巨塔」が何度目かのドラマ化がなされたので、最初から最後まで視聴してみました。今回は、岡田准一が財前五郎役を務めていましたが、財前五郎というと、多くの皆さんにとっては唐沢寿明になるのでしょうが、私のイメージではやはり田宮二郎です。田宮二郎の“ニヒル”な感じ(最近では死語かも知れませんが)が、財前五郎のキャラクターに一番合っているような感じがするのですが。
 ドラマを見た後、改めて山崎豊子の原作を電子書籍で読んでみました。原作では、胃癌(噴門癌)がテーマとなっていましたが、今回のドラマではすい臓癌がテーマであり、胃癌の死亡率が最近劇的に下がっている状況を踏まえて、あえて難易度の高いすい臓癌設定にして、財前教授の腕の良さを際立てたのかもしれません。しかしながら、50年前の小説とはいえ、医療面、法律面などについてもリサーチが行き届き、良く書かれている力作であると感じました。山崎豊子もこれだけ力量があるのですから、何故盗作問題を引き起こしたのか、今もって理解できないでいます。
 さて内容については、教授選や、大学医学部のポスト(ジッツ)争いなど色々とお話したいところが沢山ありますが、浪速大学医学部財前五郎教授が医療過誤で訴えられた民事裁判の第1審判決について、私なりのコメントをしたいと思います。
 今回のドラマでは、患者佐々木庸平のすい臓癌を見事財前教授のメス捌きで切除した後に、状況が一変して佐々木庸平は死亡してしまいました。病理解剖をしたところ、血管内リンパ腫が原因で肝不全、血液凝固障害で死亡したことが判明したという設定です。一方、原作では、佐々木庸平の噴門癌を切除した後に、転移していた肺がんが悪化したために癌性肋膜炎で死亡したという設定です。いずれにおいても、財前教授が手術前に手術する部位以外でも精密検査をするべきではなかったのかというのが争点となったものです。
 医療事故において医師の責任を追及する法的構成としては、善管注意義務違反を主張することとなります。善管注意義務は、通常、@損害が発生することについての予見可能性があって、A損害発生を未然に回避するために必要な行為をしたかという結果回避義務違反があったかどうかで判断されます。この点、原作の第1審判決においては、理由1として、財前教授が手術前に肺臓の断層撮影を行わなかったことについては、たとえ行ったとしても(当時の技術レベルでは)肺癌であるかどうか判別は困難である、理由2として、噴門癌を手術したことで、転移していた肺癌を活発化させたということについては、(当時の医学界では)確立した学説はないので法律上の因果関係はない、理由3としては、術後の症状を病院側が(癌性肋膜炎ではなく)術後肺炎であると誤認したことは、一般の医師の通常の能力を基準とすると両者の区別は困難であることから、財前教授には善管注意義務違反が無いと結論付けました。整理すると、理由1および理由3については損害発生の予見可能性がなかったことの理由、理由2については損害発生の結果回避義務違反はなかったことの理由になりましょうか。
 今回のドラマの第1審判決につきましては、ドラマという時間的制約があったこともあり、簡単に血管内リンパ腫が発生することについての予見可能性がなかったと結論付けており、結果回避義務違反への言及することなく、財前教授には善管注意義務違反が無いと結論付けました。
 それでは、原作とドラマのそれぞれの第1審判決を分析してみましょう。まず、予見可能性の論点ですが、原作では、当時の医学水準では、手術前に断層撮影を行っても肺に癌が転移していたかどうかを予見することは難しい、また、術後に癌性肋膜炎に気付かなかったことについても、一般の医師の通常の能力を基準としても予見可能性がなかったということになりましょう。確かに、50年前の医学水準からすれば、CTもPETもない時代ですので、レントゲンの断層撮影をしても果たして肺癌転移が見つかるかどうかというのが真実だったかもしれません。そうだとすれば、原作第1審判決は妥当かと思われます。ドラマの第1審判決では、裁判所が、すい臓癌切除手術から、血管内リンパ腫が発生することの予見可能性はないと判断したものの、里見准教授が、PET検査を行えば高い確率で血管内リンパ腫は発見できたのではないかと主張しているとおり、現代の医学レベルからすると、十分予見可能性はあったのではないかと推測されますので、ドラマの第1審の判決は無理があるのではないかと思います。
 結果回避義務違反の論点ですが、原作第1審判決では、噴門癌切除と肺癌転移・増悪について法律上の因果関係がない、すなわち因果関係がない以上結果を回避することもできないという判断をしました。確かに、50年前では、転移した場合の主病巣(噴門癌)の切除の可否については結論が出ていなかったでしょうし、因果関係についてもなかなか確定的立証は難しかったと思われますので、原作第1審判決の判断もむべなるかなと思われます。一方、ドラマ第1審判決は、結果回避義務については言及がなかったのですが、里見准教授が指摘したように、PET検査などで、血管内リンパ腫を探知できたならば、完治したかどうかまでは不明ですが、現代の医療レベルの処置を施せば、少なくとも手術後1週間程度の短期間で死亡に至らしめるという結果は回避できたのではないかと言えそうですので、財前教授の善管注意義務違反は認定される可能性は高いのではないかと考える次第です。
 50年前の原作執筆時においては、第1審の判断は妥当なものと言えましょうが、現代に置き換えてみますと、肺への転移の有無についてもPET検査をすれば一発でわかっていたでしょうし、肺癌転移を認識しながらも肺癌の増悪を抗がん剤などで抑えるなどして噴門癌手術は実施できたでしょうから、令和の時代においては、財前教授は善管注意義務違反になる可能性は十分高いと思われます。ドラマでも第1審で財前教授の義務違反を認めることは十分あり得ると思われる次第です。
 50年前の癌治療水準が現代ほど高くなかった時代では、やはり世の中の趨勢としても多少の犠牲があっても全体として治療水準が上がった方が社会的利益があるという考え方も裁判官にもあったものと思われます。それでも50年前に既に胃カメラがあったというのは驚きですが、山崎豊子先生が現代の医療水準を目の当りにしたら、どの様な小説を構想したか是非とも聞いてみたいところです。
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