賃料減額や不動産関係の弁護士なら神田元経営法律事務所へ
神田元経営法律事務所 TEL:03-6418-8011
平日 9:00〜17:00
お問い合わせ

河野談話と完全合意条項

TOP > 河野談話と完全合意条項

業務内容

神田元経営法律事務所
〒107-0062
東京都港区南青山5丁目11番14号
H&M南青山EAST301号室
地図はこちら

[河野談話と完全合意条項]2014.9.1

シェア
 昔はあまり見られなかったのですが、最近、国内で締結する契約書においてよく見かける条文として、「表明保証条項」と「完全合意条項」というのがあります。「表明保証条項」というのは、契約に関連する事実が一定時点において真実かつ正確であることを表明・保証させ、違反があった場合には補償請求や契約解除などを認める、という契約条項です。英米法由来のもので、一種の担保責任を特約で定めるものということで、例えば、不動産売買などで、売主が、買主に対して、「本件土地には土壌汚染がありません。」ということを表明して、保証するというようなものです。
 一方、「完全合意条項」というのは、契約書に書かれていない内容については、例えば、契約締結に至る経緯、事前の合意などに効力を認めないというもので、これも英米法における契約概念です。条文例としては、「第〇条(完全合意条項)本契約書は、本契約に含まれる対象事項に関する当事者の完全かつ唯一の合意を構成し、当事者間に存在するすべての従前の合意は効力を失うものとする。」などと規定されているケースがあります。完全合意条項の生まれた趣旨というのは、いろいろな考え方がありますが、私見では、契約というのは、当事者間の交渉から始まり、その交渉の過程において、議事録が作成され、さらに交渉が進み、契約締結に至る前段階の一定の合意ができれば基本合意書を作成締結し、最終的には本契約を締結するというプロセスを踏みますが、本契約締結に当たっては、議事録や基本合意書などいろいろ作成してきたが、その合意事項相互に論理的矛盾が無いというものではないから、本契約ではいったんそれまでの議事録や基本合意書を“チャラ”にして、それ以後は、本契約の解釈でもめたときにも、以前の議事録や基本合意書を持ち出せないようにするというものと考えています。

 表明保証条項は、民法の瑕疵担保責任とは法的性質が全く同じというわけではなくとも、まあその派生であるということがイメージできるのですが、完全合意条項については、何故、国内当事者間の契約で導入されているかが理解できませんでした。というのも、日本の裁判所というのは、当事者間で契約の解釈に争いが生じた場合は、どのような経緯で契約が締結されたかということからひも解いて、契約書に記載がないことについても判断をしていくという姿勢を取っているので、完全合意条項が契約にあると言っても、それに拘束されないのではないかという疑問が常にあるからです。この点は、まだ判例でも確立されていませんので、裁判所が最終的に完全合意条項をどのように位置づけるかは今後興味あるところですが、少なくとも相手方が海外の当事者であれば、重要な意味を持つことを認識していかなければならないと思います。

 さて、この度、安倍政権は、1993年当時のいわゆる河野談話の成立過程について検証結果を公表しています。河野談話というのは、宮沢内閣の官房長官であった河野洋平氏が、1993年、戦時中の従軍慰安婦問題に関し、政府の調査を基に、慰安所の設置管理、慰安婦の移送などについて旧日本軍の関与を認め、お詫びと反省の気持ちを表した「談話」です。これを今になって、その成立過程を日本政府として検証したというもので、検証の結果、「強制連行を確認できる資料が見つかっておらず、当時は、事実究明よりも日本政府の真摯な姿勢を示すことに意図があり、結果の裏付け調査や他の証言との比較は行われなかった。」と調査結果は報告しています。今回の検証の政治的意味は世間で色々と取りざたされているので、このコラムでは、法的意味について“検証”してみます。
 確かに、「談話」とは単なる“ひとり言”であり、それも内閣を代表する立場にない官房長官の談話に過ぎず、法的には、韓国政府と日本政府との契約である条約でもないし、コミュニケ(ある国からある国への一方的な意思表示もあれば、複数の国家間での合意での意思表示)でもありません。もし河野談話が、それら法的効力があるものに該当するのであれば、条約やコミュニケの中に書かれていなくても当然に完全合意条項は適用されうるでしょう。そうだとすれば、条約やコミュニケの成立過程を後になって云々しても何の意味もないことになります。翻って、単なる談話であれば、ある意味撤回的に同談話の成立過程を検証することは、理屈として可能だと言えるのでしょう。いまさらなぜ、またこのタイミングで、河野談話の成立過程をほじくり返す必要があるのか現政権の思惑はともかく、法的拘束力のない「談話」だからこそ、完全合意条項的拘束が働かないのだから、成立過程を蒸し返しても良いと安倍政権の誰かが考えたとすれば、その人は法的論理に通じた相当の知能犯の様な気がします。当時の両政府は、双方置かれた立場を配慮して、官房長官の「談話」という形式をとったのだろうと推測されますが、拘束力のない約束は、国際法的には信頼が失われるとはかないものだということになりましょうか。
シェア