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日鉄とトヨタの特許訴訟

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[日鉄とトヨタの特許訴訟]2021.12.1

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 山崎豊子は、その時代、その時代で社会問題となった事件を描いた作品を多く書いていました。日航機墜落事故から「沈まぬ太陽」という作品を書いたことは有名ですが、中国残留孤児問題をモチーフとして書いた作品に「大地の子」というものがあります。話は長いのですが、中国残留孤児である主人公が、日本の東洋製鉄(新日鉄であることはまるわかりですが)という会社と中国側と合同で上海に製鐵所を作るというプロジェクトに参加するというものです。その上海で設立した製鐵所を基盤としてできたのが、現在の宝武鋼鉄集団(宝鋼集団)です。今や宝鋼集団は、技術提携をしてくれた日本製鐵を追い抜き、世界一の製鉄メーカーとなっています。恩をあだで返されたとは言いませんが、新日鉄時代には相当の技術移転を施して結局今の状況となってしまったのは、なかなかもやもやしたものがあると思います。それは、韓国の製鉄メーカーであるPOSCO(浦項製鐵)でも同じことが言えるかと思います。あれほど、日本側が資金援助、技術移転をしたにもかかわらず、先方がそれに対する感謝の念がどのくらいあるのか…。

 2021年10月14日、日本製鐵が、トヨタ自動車および中国の鉄鋼大手である宝山鋼鉄に対して、無方向性電磁鋼板に関する特許侵害で東京地裁に提訴し、両社にそれぞれ約200億円の損害賠償を求め、あわせトヨタに対してはその特許を使用して製造した無方向電磁鋼板を使用した電気自動車の国内製造・販売を差し止める仮処分を申し立てました。

 無方向性電磁鋼板とは、電気自動車の高性能モーターを作るために必要な資材なのですが、どうやら極めて特殊な鋼板で、日本製鐵であっても、技術的に生産量を簡単には増産できないものらしいです。カーボンゼロの世界的潮流により、電気自動車、ハイブリッド車の需要が拡大し、日本製鐵での生産が全く追いつかない状況にあったとのことです。そこで、日本製鐵は中国の宝武鋼鉄集団との間で「宝山鋼鉄」という合弁企業を立ち上げ、無方向性電磁鋼板を中国で製造開始したものです。日本製鐵としては、無方向性電磁鋼板の製造の“キモ”の部分はブラックボックス化していたのでしょうが、どうやら周辺特許を侵害することで、そのブラックボックスを突破されたということなのでしょうか(知財に詳しくないので、このあたり上手く説明できませんが)。しかしながら、日本製鐵は、無方向性電磁鋼板に関する特許を中国で取っていなかったということなので、日本製鐵から宝山鋼鉄に対して、中国国内で直接特許権侵害訴訟を提起できない、そうであれば、宝山鋼鉄の製造した無方向性電磁鋼板を材料として使っているトヨタ自動車を、宝山鋼鉄と合わせ日本で訴えるということになったようです。

 やはり驚きなのが、いわゆる納入業者である日本製鐵がお得意先であるトヨタ自動車を訴えたという事実です。今までであれば、日本的慣行であるサプライチェーンの中の日本企業同士であり、トヨタ自動車を頂点とする産業構造からすれば、日本製鐵は悔しくてもトヨタ自動車を訴えるということはしなかったと思います。トヨタ自動車からすればサプライヤーである日本製鐵からまさかの訴訟提起かと思っているでしょう。実際、豊田章男社長は、トップ同士の話し合いをしないまま訴訟を起こされたことに対し、強い不快感を表明しています。

 私が想像するに、トヨタ自動車は、よもや訴訟提起されるとは思っていなかったと思います。なぜならば、トヨタ自動車は宝山鋼鉄から無方向性電磁鋼板を購入する際に、契約書中で、「宝山鋼鉄は、当該承認について、第三者の特許権を侵害していない」ということを宝山鋼鉄に表明保証されているはずであり、「第三者から特許権侵害などの紛争を提起された場合は、宝山鋼鉄と第三者間で紛争を解決する。」という条項が入っていたはずなのです。このような知的財産権侵害に係る条項は、日本国内の商品基本取引でも、当たり前のように入っていますので、トヨタ自動車としては、何故に当社に火の粉がかかってきたのかと思っているのでしょう。

 多分、日本製鐵としては、無方向性電磁鋼板という高級商品が今後の同社の柱となっていくことに対する危機感から今回のトヨタ自動車・宝山製鐵に対する訴訟提起ということになったのだと思いますが、さらに付け加えるのであれば、今までのように自動車メーカーが産業構造の頂点にいて、サプライヤーたちは出入りの業者にすぎず、三河のお殿様の言うことには反論を許さずという取引慣行に対しても挑戦をしたのではないでしょうか。いずれにしても、この訴訟の行く末は、日本製鐵にとり、トヨタ自動車との取引関係にも、宝山製鐵のパートナーである宝鋼集団との間でも、今まで通りの関係を続けられないほどのパンドラの箱を空けたのではないかと思う次第です。
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