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ゴーストライター問題について

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[ゴーストライター問題について]2014.3.1

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 昔、「日本のいちばん長い日」という映画がありました。これは同名の小説を映画化したものですが、当時は、大宅壮一が作者とされていました。ノンフィクションの世界で名を馳せた大宅壮一ですから、終戦時における軍部クーデター未遂の話もよく知っているんだろうなということで何ら疑問を感じていませんでしたが、ある時、同書を読んでみようと書店に行きましたら、作者が半藤一利になっていまして、びっくりした記憶があります。逆にそれ以来、半藤一利が好きになり、結構いろいろと読んでいますが、なるほど、半藤さんならば「日本のいちばん長い日」を書いてもおかしくないなと思っているのですが、その当時、半藤さんは文芸春秋の社員だったので、やはり大宅壮一の名前を借りて世に出した方がいろいろな軋轢を避けるために必要だったのかと推察する次第です(このあたり、いろいろ調べても真相はわからないのですが、半藤さんもやはりゴースト問題は積極的に話すものではないと考えているのですかね。)。
 ゴーストライター問題というのは、結構古くて新しいことらしく、あのノーベル賞作家である川端康成が、菊池寛のゴーストライターを務めて、「不壊の白珠」という小説の代作をしたとのこと、また、ゴーストライターであった川端康成が、これまた梶山季之に「東京の人」の代作をさせたとのことで驚いた次第です。

 今回、全聾の音楽家S氏のゴースト作曲家であったN氏が、長期間にわたり、作曲した楽曲をS氏に提供していた事実を公表しました。政治家が自分の著作をゴーストライターに下請けに出すということならばともかく、そもそも、交響曲など非常に芸術性の高い創作業務を代作させるということ、あわせ聴覚障害者が作曲をしたことをCD販売上強調していたことが倫理的に許されるかの問題はともかく、また、S氏が聴覚障害者が詐病ではないか、不正に障害者に対する福祉給付を受けたかという問題もともかく、このコラムではS氏とN氏との間の法律問題を考えてみたいと思います。

 N氏の記者会見によると、18年前にS氏から、「S氏のアイデアをN氏が曲にして、S氏は自分のキャラクターを作って世に出すというのはどうか。」ということを要請され、N氏はそれに応じた。結局、18年間、その約束を履行し、N氏は、20曲以上作って、報酬として720万円を受領した。S氏が自分の作曲した楽曲として公表した「交響曲第1番《HIROSHIMA》」は、N氏が「現代典礼」というタイトルを付したものを、数年後にS氏がタイトルを変更したものであったという事実が明らかにされました。この事実が真実であるとして(その後、S氏の代理人から発表されたコメント及び本人の弁明からは、これらの前提事実を否定したものではなさそうです。)、どのような法律関係が両者間にあったのでしょうか。

 法律的には、18年前にS氏とN氏との間で、「請負契約」(もしくは「業務委託契約」)が成立したと言えます。すなわち、N氏が、S氏のアイデア・発想をコンセプトとして、楽曲を作成し、成果物をS氏に引き渡すというものです。先述したように、交響曲などの様な極めて著作物の属人性が高いもの(すなわち、だれが創作したかが極めて重要なもの)について代作をさせることの倫理的問題はともかく、これがたとえば、コンピューターのソフトのプログラミングであれば、A社がB社にソフト作製を発注し、その出来上がった著作物を納入するということはよくあることです。かような契約において、B社の方が力関係で強ければ、成果物(著作物になるわけですが)の著作権については、著作者B社に留保するという契約になるようにしますが、A社の方が力関係で強ければ、著作者B社の著作物について著作権をA社に譲渡させるような契約内容になります。
 そしてここが肝要なのですが、著作権法においては、著作権の権利として「著作者人格権」というものを認めています。具体的には、著作権法18条から20条において、「公表権」「氏名表示権」「同一性保持権」というものが法定されています。「公表権」というのは、著作者が当該著作物を公開するか否かを決定できる権利です。「氏名表示権」というのは、著作物の公開に際し、著作者は、著作者の実名・変名(ペンネーム)を表示するか否かを決定できる権利です。「同一性保持権」というのは、著作物やその題号(タイトル)について、著作者の意に反して、これらの改変を受けない権利のことをいいます。同一性保持権はわかりにくいかもしれませんが、ちょっと前に森進一が「おふくろさん」の歌詞をアドリブで変えてしまったため、同曲の作詞者である川内康範が激怒して両者対立関係になったという事件がありました。結局、森進一も弁護士にアドバイスを受けたのか、川内氏の(著作者人格権の)同一性保持権を侵害したことが分かったようで、それ以来川内氏に頭を下げて、元のオリジナル曲のみ歌うということになったものです。
 それだけ、著作者人格権というのは強力なものであり、また重要なのは、著作権法59条で、著作者人格権は、著作者の一身に専属し、譲渡することができないと規定していることです。すなわち、著作者が著作物についての著作権を他人に譲渡しても、著作者人格権はその著作者に留保されるというのです。先述したように、A社とB社のケースで、A社の方が力関係が強い場合、B社の著作権をA社に譲渡させた場合に、合わせて、「B社は、当該著作物についての著作者人格権を行使しない。」という特約をするのですね。著作者人格権の権利自体は譲渡できないのならば、“行使”をさせないようにB社を拘束するわけです。

 そうすると、18年前のS氏とN氏との間で約束された契約内容がどうなっていたかですね。どうやら、両者間では契約書を作成していなかったようであり、口頭では、N氏の著作権をS氏に譲渡するということを決めていたことはN氏の発言からしても争いがないところですが、N氏の著作者人格権の行使については、多分両者はそこまで意識していなかったと思われます。もし、S氏が、きちんと契約書を作成し、その中でN氏の著作者人格権の行使禁止をうたっていたとすれば、今回、N氏がS氏の同意も得ずに、記者会見をして、「S氏の著作物といわれているのは、実は私の著作物である。」と発言したのは、氏名表示権を行使したことになり、両者間の契約違反ということになりましょう。また、「交響曲第1番《HIROSHIMA》」は、N氏が「現代典礼」と命名したものをS氏が勝手に改名したという主張は、同一性保持権の権利を行使したことになりましょうから、これまた契約違反ということになりかねません。
 一方、かような著作者人格権の不行使についての特約がないとすれば、S氏が、N氏から譲り受けた著作物をN氏の同意を得ずに公表したことはN氏の公表権を侵害する可能性もあるし、N氏がこれらの著作物が自分の著作と主張したことも、氏名表示権の行使だと解釈できるでしょうし、「現代典礼」という題名を「交響曲第1番《HIROSHIMA》」に変えたことは、N氏の同一性保持権の侵害ということにもなりかねません。両者の間で裁判になるかどうかはなんとも分かりませんが、もし、S氏の方が、N氏の著作者人格権不行使についての特約があったことを立証できない限り、著作権法59条からすれば、N氏の行為は、S氏との間の契約違反にはならないという結論になりそうですかね。あくまで、机上の推測ですが。菊池寛と川端康成、大宅壮一と半藤一利のように今回のS氏とN氏の問題も第三者が立ち入ることができない闇の部分があるのかもしれません。


(公表権)
第18条  1 著作者は、その著作物でまだ公表されていないもの(その同意を得ないで公表された著作物を含む。以下この条において同じ。)を公衆に提供し、又は提示する権利を有する。当該著作物を原著作物とする二次的著作物についても、同様とする。

(氏名表示権)
第19条  1 著作者は、その著作物の原作品に、又はその著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しないこととする権利を有する。その著作物を原著作物とする二次的著作物の公衆への提供又は提示に際しての原著作物の著作者名の表示についても、同様とする。

(同一性保持権)
第20条  1 著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。

(著作者人格権の一身専属性)
第59条 著作者人格権は、著作者の一身に専属し、譲渡することができない。
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